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甲府地方裁判所鰍沢支部 昭和34年(わ)10号 判決

被告人 牧野昭治

昭三・三・一三生 土工

主文

被告人を罰金五千円に処する。

右罰金を完納することができない場合は金二百五十円を一日に換算したる期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人に負担せしめる。

被告人は麻生弘に対する暴行は無罪。

理由

被告人は酒を飲めば乱暴する性癖あるものであるが、飲酒の上昭和三十四年三月八日午後十一時頃山梨市歌田地内道路上において折柄通行中の高野真一運転の同人所有の自動三輪車の運転台めがけて所携のビール空壜一本を投げつけ因つて

一、右自動三輪車の窓ガラス二枚を損壊し

二、右ガラス及びビール壜の破片を飛散させて運転中の高野真一の顔面並に後頭部に打ちあて同人に対し全治五日間位を要する後頭部並に顔面打撲傷を負わし

三、助手台にあつた坂本武の顔面に右破片を打ちあてて暴行を加え

たものである。

(証拠略)

弁護人は本件犯行当時被告人は飲酒酩酊のため心神耗弱の状態にあつた旨主張するので考えてみるに被告人が犯行当時飲酒酩酊していたことは被告人の司法警察員に対する供述調書その他の証拠によりこれを認めることができるが田草川よし並に被告人の司法警察員に対する各供述調書及び被告人の当公廷における供述を綜合すると被告人は生来酒に酔えば他人に乱暴する習癖があるもので当日午後七時頃までに焼酎三合位を飲みその後榊屋こと田草川よし方に行つて風呂に入つたものであるがその時までは大して酔つておる様子がなかつたこと及び田草川よし方には午後九時過に来て同十時三十分頃までいて帰つたがその間には飲酒しなかつた事実を認めることができる。時間的経過等右認定の事実からすれば被告人は当時心神耗弱の程度に達しておらなかつたものと認められるので弁護人の右主張は採用しない。

法律に照すと被告人の判示所為中器物毀棄の点は刑法第二百六十一条、罰金等臨時措置法第二条第三条に傷害の点は刑法第二百四条罰金等臨時措置法第二条第三条に暴行の点は刑法第二百八条罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するが右は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五十四条第一項前段第十条により最も重き傷害罪の刑により処断するものとし所定刑中罰金刑を選択しその罰金額の範囲内で被告人を罰金五千円に処し右罰金を完納することができない場合は刑法第十八条に従い金二百五十円を一日に換算したる期間被告人を労役場に留置する。訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項に基き全部被告人の負担とする。

本件公訴事実中被告人は昭和三十四年四月二日頃の夜南巨摩郡身延町四百十一番地島津組飯場において麻生弘と喧嘩をなし同人の顔面を平手又は拳固で数回殴打して暴行を加えたとの点であるが当審において審理の結果、麻生弘の当公廷における供述を綜合すれば被告人は公訴事実記載の日時場所において麻生弘等同宿の数名とともに焼酎一升五合を飲み共に飲んでいた末木国友が麻生の希望で追加分一升を持つて来て麻生及被告人をまじえた五人位でそれを飲み干したところ麻生が後を持つて来いというのを被告人が拒んだところ麻生が怒りだし一升の空罎を振上げて被告人を殴打せんと追ひ廻すうち柱にぶちつけ右壜をこわしたが麻生は猶も右こわれた口元を持ちて殴打せんと被告人を追かけるので被告人は右口元で殴打せられるときは大怪俄をするものと考えこれを取りあげるため麻生を一、二回殴打し漸く取りあげたところ怒つた麻生が飛びついて来て殴りあいとなつたものであることが認められる。右の如き状態の下では急迫不正の侵害に対し自己の身体を守るため一、二回の殴打の如きは正に已むを得ない措置であり正当防衛にあたるものといわなければならぬので被告人はこの点に関しては無罪である。そこでこれを主文において宣告すべきものとし主文のとおり判決する。

(裁判官 金倉三郎)

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